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「ステレオ芸術」82年12月臨時増刊号

 冬のヨーロッパ  

 音を求めて(1)

 パリ→ミラノ→ウイーン

由井啓之 


 昨年末から新年にかけて、音楽シーズンのヨーロッパを廻りました。それまで音楽会に行く度に感じていた「音楽の素晴らしさは、この程度ではないはずだ」という不満と疑問、又、良いオーディオ・システムとレコードで、かすかに感じた素晴らしさの片鱗、これらが何であったか、この短い旅ではっきり判ったように思います。ステレオのあり方についても考えがまとまリましたが、これは又、別の機会に話させていただきたいと思います。
 今回はこの音楽の旅の話から何かを感じていただければ、と思い拙文を発表させていただきました。

PARlS

 パリでのホテルはオペラ座のすぐ隣り。クリスマスの飾りつけでにぎわうオペラ座周辺を楽しそうな家族連れにまじって散策、さっそく冬のパリの風物詩焼き栗や、カフェテラスのコーヒーを楽しみました。花のパリのコーヒーが70〜150円と安いのは意外でした。
 ホテルの1階には格調の高さではパリ屈指の「キャフェ・ド・ラペ」があります。ロココ調の店内とギャルソンのサービスはさすがで、オニオンスープを飲みながらパリの夜を味わいました。

●パリのオルガン

 翌朝のパリは雪景色です。オルガンを期待してノートルダムヘ行きました。この大聖堂のオルガンは1868年に製作されたもので、5段鍵盤、86ストップの大オルガンでパイプの数は7000本、32フィート(10m)のパイプを持っています。
 日曜日のミサにしか演奏しないと聞いていたのですが、クリスマスのせいか幸運にも聴くことが出来ました。奥行130m、高さ50m、幅50m(250年もかかってよくこんなものを造ったものです)と、とてつもなく大きなホールですから、いくら大オルガンでも大きな音はしません。日本で聴いたどのオルガンよりも小さな音ですが、日本でのそれを四畳半で鳴らすブックシェルフスピーカーとすれば、これらはホールで静かに鳴らす大型フロアー型と言えます。はるか天上から風の様にやわらかく、静かに空間に満ちるという感じで、近代のオルガン曲には不適でしょうが、ミサにはこれでないといけないと納得させられる音でした。
 夕刻、オペラ座の近くの街頭で手回しオルガンを聴きました。コンチネンタルタンゴの名曲「オルガニート・デ・ラ・タルデ(たそがれのオルガン弾き)」のイメージそのままの風景でした。きれいなパイプの音が石造りの建造物に反射して遠くまで響いていました。

●パリの社交場"オペラ座"

 夜はいよいよ待望のオペラ座です。新調のタキシードを着こんで出かけました。1860年ナポレオン3世の命令で35才のシャルル・ガルニエが設計、15年後に完成したフランスの誇る芸術の殿堂です。大きさも歌劇場としては世界一で、奥行き170m、横100m、高さ70m、階段数6300、史衣室330と大変なものです。
 バッハ、ハイドン、ヘンデル等、楽聖の彫像に飾られた玄関はフォーマルファッションを身につけた人々でいっぱいです。シャンデリアに輝く白大理石の豪華な階段、グラン・テスカリエが緩やかに続き、天井には壁画が描かれ絢爛豪華としか言いようがない程見事です。
 案内された席はリングの2階(日本流では3階)で、各ボックスは部屋の様に完全に仕切られ、部屋ごとに厚いドアがついています。ボックスには3畳位の控えの間があり大きなソファーが置いてあります。その向うに2名並んで3列、6名分の席があります。
 席から眺めると各席は直径20m位の馬てい型で小さな感じです。1階は800人弱でたった20列の座席が狭い間隔で並んでいるだけで、4層のリンクを入れてやっと2100名です。それでいて客席よりずっと広い舞台と、もっと広いロビーを持っているのだからぜいたくなものです。
 真紅のビロードと金色をふんだんに使ったインペリアル様式の客席、高い天井にはシャガールの「夢の花束」の壁画があり、その華麗さは言いようがありません。パリファッションのイブニングやタキシードの客が席に着き始めると開演前の興奮がいやが上にも盛り上ります。舞台の上の(緞帳の向う側)インペリアルボックスの客が席に着くと、その婦人連達の容姿と有名オートクチュールの作品はオペラグラスの視線を集めていたようです。

オペラ広場より見たオペラ座正面

●優れた音響設計と超低音効果

 出し物はバレエで「オペラに捧げる」です。建築音響の世界的権威であるベラネク氏の著書「音楽と音響と建築」によると、ステージ正面の上方、2段リング状の桟敷の最前列が一番良い席である、とありますが、幸運にもその席がとれました。又、同じ本に「このオペラ座は『優〜秀』という等級にあるがウィーンやミラノ程ではない」とあります。
 バレエでは音楽は副と考えていたのですが、始まってみると違いました。音の良さは日本で私が知ってる一番良い音(例えば空席のフェスティバルホールの2階前席=大阪)よりずい分上だと判りました。音全体は非常にやわらかですが、ボケはなく、さわやかに高域のニュアンスも聞えます。低域もくせは無く、超低域から高域までフラットに伸びているようです。
 超低音のレゾネーターの様なボックスの開口部に座っているせいなのか、ホールの壁一面に並んでいるボックスが定在波の発生を押えて良質の低音が聴けるのか、日頃超低音再生効果と呼んでいる素晴らしい音がありました。
 オーケストラピットが深く、木管、金管、打楽器の一部が舞台の下へ潜っているのも弦を立てバランスを良くしているようです。ピットの中央の2本のハープが日本ではめったに聞けない豊かな音を聞かせてくれました。
 休憩は1時間弱もあって、全員がフォワイエ・デュ・ピュブリックと呼ばれるシャンデリアの素晴らしいロビーを散策したり、スタンド式のキャフェで談笑したりします。パリ社交界の姿とファッションの意義を実感しました。
 国立バレエ団の出来も素晴らしく、前衛的でしゃれた舞台背景にもパリのエスプリを感じました。
 劇場がはねた後、人々は正装のままキャフェへくり出します。名物の魚貝料理、レモンをしぼった冷い牡蠣がのどを気持良く通ります。パリの夜はオペラ座帰りの人々の興奮と華やいだ歓談がいつまでも続くのでした。

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