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「ステレオ芸術」82年12月臨時増刊号

 冬のヨーロッパ  

 音を求めて(3)

 パリ→ミラノ→ウイーン

由井啓之 


VIENNA

 12月30日からはいよいよ待望の「音楽の都ウィーン」です。かつて全ヨーロッパからアフリカ、ロシアの一部まで支配したオーストリア帝国の首都であったウィーンには本物の文化の都としての期待もあります。日本が世界最高の物質文化の国なら、オーストリアは世界最高の心の文化の国だと思われるのです。

●本物でなければ無い方が良い

 「本物と心の文化」はオーストリア航空の小さなDC-9に乗った時から始まりました。流れくるウィンナワルツはウィーンフィルの本物で、しかも好演です。音も良いので自然に顔がほころんで来ます。座席もゆったりと配置してあり身体を思い切り伸ばせます。機内照明は全て白熱電球で本物の暖かさを感じさせます。
 操縦室のドアが開いており、飛び立ってもそのままなので、持ち前の好奇心からのぞきに行きました。機長とコーパイでやっとの狭いコクピットヘ、笑顔で招じ入れてもらえたばかりか、眼下に拡がるアルプスの案内までしてもらえました。警戒心が人間性を殺してしまった他の国では考えられない心の暖まる出来事でした。
 機内食の食器もプラスチックや紙ではなく、ずっしりと重い本物の陶器ですし、ナイフやフォークも握リの太い重いものです。灰皿までが重い鉄です。「本物でなければ無い方が良い」という心は、ウィーン滞在中あらゆる場面で感じました。

●音楽とハイセンスの街

 夜のオペラまで時間があるので音楽の遺跡を求めて市内を廻りました。ウィーン中央墓地は映画「第三の男」のラストシーンでも有名です。モーツァルト、ヨハンシュトラウス、ブラームス、ベートーベン、ズッペの墓に参りました。
 シェーンブルン宮殿はハプスブルグ家の夏の離宮で、「会議は踊る」で知られるウィーン会議の舞台になった所です。1400室と、広い庭園を持つ壮大なものです。建物は全てマリアテレジアン・イエローに塗られ瀟洒な感じです。ブルックナーの亡くなった部屋へお参りをして、5才のモーツァルトがマリアテレジア女帝の御前でピアノを演奏した室を見学しました。妙技を披露した後、転んだモーツァルトは、助けてくれた二つ年上の王女マリー・アントワネットに「大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる」と言ったエピソードは有名です。普通の声量で話している案内人の声が大きく聞え、然もワンワンと響かず明瞭に聴きとれます。これならモーツァルトのピアノも、宮廷音楽師の室内楽も素晴らしく聴えたことでしょう。音の良い室が持つ共通の構造が判って来ました。
 ウィーンの人はコーヒーとケーキとおしゃべりが好きなようで、街中にシックなキャフェがあります。コーヒーの種類も多く、どれもがおいしいウィンナ(ウィーンの)コーヒーです。アインシュパンナーというのが日本でいうウィンナコーヒーでホィップクリームを山盛りにしてあリます。ウィンナコーヒーにくつろいで街を眺めると、ウィーンの持つ優雅な魅力が肌で感じられます。街を走る市電のボディーに人物の下半身がイラストしてあって、乗客の上品なおばあさんの下半身がジーンズの娘さんであったりして、シックな本物指向の中にこのようなシャレたセンスを持つウィーン市民に感心します。

ウィーン市電のしゃれたイラスト

●輝きと気品のスタッツオパー

 夜は国立歌劇場(スタッツオパー)で旅での初めてのオペラです。スタッツオパーは第2次大戦で破壊されたのを1955年に再建したもので、音響、客席、ロビーの建築は当時の世界最高を目指したもので素晴らしいものです。正面玄関吹抜けのロビーもパリオペラ座に負けず広く、豪華です。白大理石と白亜を、金とシャンデリア(種々のデザインでクリスタルが美しく輝く)で飾ってあります。いかにもウィーンらしい上品な豪華さです。ホールは馬てい型で平土間が467名、5層のリンクと550名の立見を合せても1658名という小じんまりしたものです。それでいて舞台の面積は客席の2倍以上もあります。バロック風の装飾や彫像のないのがかえって効果的で気品を感じさせます。
 例の「音楽と音響と建築」によると、ブルノワルターは「全てのオペラ劇場の中で最も生彩がある。最大の輝きがある。メトロよりはるかに素晴しくスカラ座より立派である」といっています。席は平土間の前から2列目で右端から6番目でしたが、前方のオケピットが広いのと、ホールの幅が狭いので(広い所で横に30人並べるだけ)それ程端の感じではなく、舞台もちゃんと見えました。

スタッツオパ−内部スケッチ

●全てが本物の素晴らしさ

 「トスカ」の第一幕は礼拝堂の場面です。とても作り物と思えない舞台装置に感心しました。ノートルダム寺院の様な本物の会堂がそこにあるとしか思えないのです。第二幕、スカルピア男爵の部屋も窓から見える中庭も、本物としか思えません。スカルピアの豪華な食事は本当の本物だったようです。帰国後NHK・FMで「スタッツオパーには調理室もあり、専門のコックが劇中に使う料理を調理する。酒も料理も本物でしかも特上である」という話を聞きました。第三幕はアンジェロ城の屋上で遠くにヴァチカンの丸屋根が見えます。あたりはまだまっ暗で、空には星がまたたいています。ホルンの前奏で空が少しづつ白んで来ます。このように実にリアルな舞台がカバラドッシとトスカの死の感動をより強くします。終ってもしばらくは身動きも出来ない感動です。ベニアのかき割りやキャンバスの背景では、とても本当の感動は呼び起せないことをさとらされました。
 ベラネク氏は「舞台セットが本物であるので歌手の声が吸収されず聴衆の方へ反射される」と述べています。歌手の声がオーケストラの音と同じ程大きく聴えました。
 音についてはホール、オーケストラ双方でいろいろ工夫していることがうかがわれました。例えば、バスドラムはピット端の出入口の空間の前に置かれており40ヘルツ位の超低音の再生に効果があると思われます。コントラバスはステージ側のピットの固い壁にくっついて配置され、鏡面効果で豊かな低音部を造り出しているようです。金管と打楽器は後の壁を吸音性に仕上げ音量を下げ、弦とのバランスを図っているようです。弦と低音が豊かなウィーンフィルの音の秘密はこのような所にもあるのではないかと思われました。日本で聴いたのとは全く違う、本当のウィーンフィルの音がありました。
 本物はやはり本物、間に合せは本物とは全く価値が違うものです。ウィーンの第1日は、本物の価値についていろいろ考えさせられました。

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